雪雛罌粟 ( ゆきひなげし )

 

 

 

 

 

 

 

頑張れって言ってくれませんか?」
「…どうした、藪から棒に」
 夏も夕暮れ、千鶴と原田は千鶴の部屋に二人きりだ。
原田の繕い物を終えたばかりの千鶴は、仕上がった羽織を原田に渡すや思い詰めた様子で勢い込んだ。
原田は非番な上、不穏な情勢ではあるが呼び出しもない。いつものようにお礼に、お茶でも誘おうとしていたが、明らかにそれ処ではない

千鶴に面喰らう。
「原田さんは、普段から本当に私を力づけてくれるんです。だから図々しいかもしれませんが、口にして言葉に

出して貰えたら、もっとしっかり頑張れるなって」
「――悪い、断る」
「え……?」

 てっきり『そんなんで良いのか?』と、了承してくれるだろう予想をしていた千鶴は、キッパリと断られて眼を丸くした。
 元々、原田という男は力の弱い女や子供に対して非常に優しい。それは男装を強いられている千鶴にも変わ
ることなく、向けられている。
唖然とする千鶴に、原田は構わず続ける。
「俺はな、頑張ってる奴に頑張れって言うのは嫌いなんだよ」
 こんなにまた痩せて――。
力を入れれば折れそうで。
「千鶴はよくやってる、それ以上なんて、誰も言わねぇよ」
「でも、私は何も出来ていなくて、弱くて、お役に立ててもいなくって…」
 どんどん涙混じりになり、千鶴は感窮まって透明な雫を瞳から溢した。
ふるえる千鶴を胸に引き寄せて、原田は唇で温かな涙を拭う。

 

(女のお前が非力なのは当たり前なのに、“自分を責めるな”って言っても無理なら――)


「だったら千鶴は俺に守られていてくれ。必ず守る。まだ、信じられなくっても信じてほしい」
「は…らださ…が…そんな風に、優し…と……私甘える、ばかりの嫌な子にな…りま……」
「俺がそうしたいんだ、千鶴は駄目になんかならねぇよ」
 千鶴は崩おれるように咽び泣いた。心に蓋をして我慢していた不安さえ、いつも原田は容易く開ける。
「ごめん…なさ、い。私、鬼なの…に……」
 しがみつく小枝のような細い指先を、大切そうに原田は包む。
「鬼でも人でも女は女だ。しかも千鶴は普通の女なんかじゃねぇ、いい女だ。それに…俺の女だろう?」
「あ…ぅ……」
 真っ赤になった千鶴へ愛おしそうに原田は口接ける。
「今は…何も考えるな。俺の腕の中でくらい、休め」
 小柄な千鶴をすっぽりと、逞しい両腕に収める。
「一人で頑張るなんて、寂しいこと言うなよ。俺がいる、頑張るなら、いつだって二人一緒だ」
「…はい」
 ぽんぽんと大きな手で頭を撫でられるのは気持ちいいのか、千鶴は無防備に眼を閉じた。

 

 

原田は小さく、白い耳元へ必ず守ると繰り返す。

 

 

 

 




                                                                 《了》

 

 2010年夏コミ無料配布ペーパーより再録