あなたのかたわら



 起きると、モリ先輩が居た。
「…‥えーと」
 正しく言うなら一緒に寝ている。ここは自分の部屋な筈だ、どうしてモリ先輩が居るのか分からない。窓を見ると外は暗い、今は夜みたいだ。
「どうして…」
 サッパリ思い出せない。とに角、モリ先輩を起こさなくちゃいけない、でも動けない。後ろから自由にならない程度の力で抱き締められてるみたいだ。
「ん」
 どうも力が入らない。起きるのも何だか面倒になってきた…。寝てしまいたいけど、このままじゃモリ先輩は父さんに見つかるだろうし。
「っ…!!」
 く、首筋に吐息がかかった。これは早く腕から抜け出さないとっ。
「モリ先輩、起きて下さい!朝ですよ」
 朝じゃないけど構うもんか、ありったけの声を出した。
もぞもぞと先輩が動く。良かった、起きてくれるかも。
「…――」
「起きて下さい、ていうか離して下さい」
「――…あぁ」
 力がゆるんだ、顔を見ようと態勢を入れ換えた。どうやら先輩は寝惚けてるっぽい。
「あの、どうして一緒に寝てるんでしょうか」
「覚えていないのか?」
「はい、何も」
 先輩は力はゆるめてくれたけど離してはくれない。腕から抜け出したくても先輩が離してくれる気にならないと無理だ。力に差が有りすぎる。
「熱を出して倒れた。運んだのは良いが『寒い』と言うから抱いた、未だ動くな」
「え」
 先輩の顔が近付く。よけられなくて目を閉じた、額に何かがあたる。目を開けるとあたったのは先輩の額だった。
「熱がある」
 どうして良いか分からない、こういう場合はどうしたら良いんだろう。
「寝ろ」
「あの…」
 もう、何も言えなくて困っていると頭を撫でられた。こういうのは困る、甘えたくなるから。
先輩の優しい眼がいけない、温かい腕が悪い、心細いのが我慢出来なくなる。
「やっぱり…駄目です、もう大丈夫ですから帰って下さい、父が朝には戻ってくるし。先輩、誤解されちゃいますよ?」
 先輩にこれ以上迷惑はかけたくない。具合が悪い時に一人は寂しかったりもするけど、それは自分の我儘でしかない。
「説明はする」
「でも…」
 違う、甘えたくなっている。離れたくないと我儘を言ってしまう前に、さっさと離れてほしいんだ。先輩の厚い胸板を両手で押し返した、更に駄目だという意志表示で首を振った。
「一人にしたくない」
「え」
 両手を掴まれて固まった。掴まれた手首が、やたら熱い。どうしよう、心臓がうるさくて仕方ない、聞こえてしまうかもしれない。
「先輩、ずるいです。そんなに甘やかさないで」
「…甘やかしていない。大切にしたいだけだ」
 もう、駄目だ。小さな子供じゃないんだから大丈夫とは言えない。
「心配しなくて良い。側に居る」
 先輩の声が心地良くて本当は凄くだるかったから抵抗する気にはなれなくなってきた。
「…ごめんなさい」
 あぁ、気がおかしくなりそうだ。こんなに優しいなんて反則だ。背中を撫でてくれる手が大きくて暖かくて安心しきってしまうじゃないか。
「側に居て…」
 今だけでも。
答えは要らない。だって起きても先輩は居てくれるのを知っている、それだけで充分だから。
「おやすみなさい」
「…おやすみ」
 そっと眼を閉じた。
ぐっすり寝られそうだ。――このままずっと抱いていて欲しい。
 意識が途切れる瞬間、そう願った。



 口には出せないけど、心からそう、願った。




《了》