それは灼熱の




「局長、一息つきませんか」

およそ、軍人という肩書きがこれ程似つかわしくない者もいないだろう白皙の麗人、ジョナ・マツカはキース・アニアン国家首席に、音もなくやわらかく微笑んだ。

持っているコーヒーカップを、そっとキースの手元に置けば白い湯気と共に、執務室内にコーヒーの濃厚な薫りが立ち昇る。とめどもなく、たゆたうコーヒーの湯気へマツカは視線を落とし、どうぞ、という視線をキースに投げ掛けた。
はかなげな風貌のマツカと対象的な、生っ粋の軍人風のキースは相も変わらず仏頂面だ。威圧感を漂わせる鉄面皮を崩そうともしない。マツカは慣れた様子で控えていた。
「あぁ…」
「では、失礼します」

ひとまず、休んでくれることに軽く安堵をしながらマツカはきびすを返す。若すぎるキースの国家首席就任は、ただでさえ命を削るように生きている彼を、更に激務と謀略の坩堝(るつぼ)へと追いやっていた。それは見ていて不安を覚えずにはいられない過酷さだった。
『化け物』と言われながら、その力で幾度彼の命を守っただろうか。罵られてまでも、彼を救けてしまう。しかし、マツカはキースを好きかと聞かれても即答は出来ない。自分達の間にあるのは徹底とした上下関係だ、それを抜いては成立し得ない。

「マツカ、来い」
「…え」

華奢な身体がバランスを崩す。退室しようとするマツカの腕を骨太なキースの手が捕らえた。

「局長、あの」

困ったように整った眉根を寄せるものの、キースは頓着せずにマツカを膝に乗せる。

「夕方から晩餐会だ。おまえの力を私の為に使え。ふっ…化け物」
「っ――!!」

あからさまな嘲笑を含むそれに、マツカの美しいハニーゴールドの瞳が怒りを浮かべる。

ぴりぴりとした空気に、キースは満足そうに口の端を僅かに上げた。
「おまえは、それでいい」
「どういう意味ですか?」
「……」

キースは無言で優しくマツカの頬を撫でた。
「私への反勢力が活発化している。今夜、元老院が仕掛けてくるだろう、だからおまえは私を守れ」
「‥…キース?――やめて…下さい、自分を囮にしてまで反乱分子を静粛するなんてっ。このままでは局長の命が…っ」

悲鳴のようなマツカの言葉にもキースは表情ひとつ変えない。

「キース、お願いです、もうやめて下さい」

マツカは必死に広い胸へと、すがりついた。白い手はふるえ長い睫毛も揺れている。
「途中で落とす命なら、私はその程度だったというだけのことだろう」
「いいえ、いいえ!キース、何もかもあなたが一人で背負うなんて」


―― そんなのは、ひどい。


ふわふわとした髪が右へ左へ揺れる。

キースは涙ぐむマツカの唇を丁寧に吸った。
「んぅっ‥」

口接けは、信じられないくらいにいつだって優しい。

唇を離されても、キースのもたらす熱はマツカを焼き尽くす程で。

嗚呼、この熱に灼かれて死ねたら僕はどんなに幸いだろうか。
(そして、僕はそれが叶わないことを誰よりも、よく知っている――。)



コントロールパネルが規則的な点滅を繰り返す。マツカは膝上に横抱きにされながら、抱きしめられていた。

「あと10分で出るが、してほしいことはあるか?」
「え…」

上機嫌、なんだろうな。あまり、表情は変わっていないけれども。

「キース、だったらもう少しだけ‥このままで」
「抱くだけで満足か?」

自分だけを見てくれる、彼を今日こそ喪ってしまうかもしれない。それは、いつだってマツカの胸をひどく痛ませる。キースの太い首に両腕を回した。

「甘ったれ」

キースは、愛を告白するかのような声で、しがみつくマツカに、再び口接け始めた。
もう、マツカは抵抗せずに魅惑的な眼を閉じるだけだ。




静かな世界で、共に果てる愚かな夢をみながら。手放せない互いを掻き抱いた――。









【了】