midnight



シュテルンビルド市内某所。ヒーローTVの生放送ならぬ、ブルーローズがパーソナリティを担当するラジオの生放送がここで始まっていた。
「ブルーローズの、ミッドナイト・アイスクリーム!!!大反響だった第一回目に引き続いて、今夜も貴方を完全ホールドしちゃうんだから覚悟してね」
手渡された原稿を一気に読むと、硝子張りのブース向こうにいる、ラジオプロデューサーと目が合った。
『いいよぅ、ローズちゃんっ!そのままバ~ンって行ってガンガンやってちょうだいよ』
口パクしか見えないけれど、モロに一昔前のいかにもな業界人タイプな彼の言いたいことは丸分かりだ。
(あーもう、前よりマシだけど、このドSとか、★×≠∴◎星から来た女王ってブレまくりなアイドルキャラ設定…なんとかならないのかしら)
ラジオの仕事は辞めたくない、おバカキャラを通り越してただのドアホみたいだろうが、ここは飲み込むしかない。カリーナは無理矢理テンションを上げた。
「では、呟き板のリスナーの皆さんから寄せられた質問を私ブルーローズがお答えします。一問目を読み上げますね、
『第一回目の放送で罵ってもらえるかと思って正座待機していたのに放置プレイですね、でもこのプレイも堪りません。裸待機しますので、沢山罵って欲しいです』。
うん、じゃあ沢山罵るわね!…って――」
ちょっとまたコイツ!?
大体、罵るって何よ。そんなの出来る訳ないじゃ…。
プロデューサーを見れば親指を立てている。放送初っ端から折れかかる心を叱咤し、カリーナは重たい口を開いた。
「――――――…ぶひぶひうるさいノヨ、コノやろお(超棒読み)」
ブースでプロデューサーが悦に入っているのが視界に入った。
「はい、では一曲聴いて下さい。ヒーローTVのED曲で、ブルーローズの『Go!NEXT』行ってみましょう」
すぐにADの「曲入りましたーっ」の声が耳に入る。それを確認してから、カリーナは猛然とブースへ突進した。
「ちょっとプロデューサー!何よこの質問!!」
許されるならコイツをガッチガチのベッキベキにコールドしてやりたい。
少女は胸倉を掴む勢いで歩み寄る。
「んもう、まだ曲じゃないでしょ?進行また勝手に変えたら駄目じゃない、ローズちゃあん」
まあ、罵っただけ前より良いけど~、と続けるプロデューサーにカリーナの沸点がマックスになる。
「ハァ?!何言ってんのっっ、勝手なのはそっちじゃないんですか?あのアホみたいな質問どれだけ持ってくる気なのよ。ていうか、むしろ深夜だからって放送ギリギリじゃない!!」
「いやぁ、だーかーらぁ、世間のソレがニーズってヤツでさぁ。ウンウン」
糠に釘・柳に風・暖簾に腕押し。ヘラヘラ返す男にカリーナが更に言い返そうとすると、ADが「ゲストの方が見えられましたーっ」と叫んだ。
「えっ、ゲスト?聞いてないんですけど」
「バーナビー君を出したらさあ、もう全員出せって上から言われてねぇ」
前回、プロデューサーとの仲が険悪になったせいだろう。きっとマネージャーにもこの情報は伝わっていない。
「そうですか、だったら次からは聴いてくれているファンのためにも、きちんとお迎えするゲストの説明は通して下さい」
「あ~、いちいち細かいなぁ。適当にやれば良いじゃんラジオなんだから」
絶対に教えるもんか、というあからさまな態度にカリーナは絶句した。
(…コイツっっ!!)
青筋がこめかみに浮かび上がり眼が、暖かみのあるアーバンから蒼に染まってゆく。
「やあやあ諸君、宜しく、そして、宜しく!」
ビリビリした空気を春風が通過する。聞き慣れ、間違いようもないその声の主を振り返れば、やはり彼が居た。

キング・オブ・ヒーロー。

いや、そんなのは特徴的なあの第一声で分かっているのよ。問題はそこじゃないって。
「………」
「ブルーローズ君、お招き頂き、ありがとう、そして、ありがとう!」
(な、なんで――ヒーロー姿なの~~~!?)
美しい白と紫のコントラストに中世の騎士のようなマスク。胸にスポンサーロゴ。
スカイハイの満を持しての登場にカリーナは怒りも忘れ、アイドルらしからぬ間抜けな顔を全員に曝したのだった。




「ねぇ、スカイハイ。ラジオの収録なんだからヒーロー姿で来なくても良かったんじゃない?」
「ハッハハ、ヒーローは常にヒーローとして出演した方がいいと思ってね」
それはそういう問題なの?
とツッコミたくなるけど、いつでも必ず全力投球なのが我等がキング・オブ・ヒーローである。また、彼が彼たる所以でもある。
「まあ、顔出ししてないんだし、その方が良いわよね」
(ここ口軽そうだし…)
ちらちらブースを伺えば現れたスカイハイに興味津々だ。
「わざわざ忙しいのに来てくれて本当に、ありがとうスカイハイ」
ここに座ってと笑顔で手招く少女にスカイハイは、素直に頷き、いつものように姿勢良く腰掛けると、流れていた曲が終わった。
パーソナリティとして、もう初回のようなグダグダは許されない。
カリーナは完全にアイドルというより、凛々しいヒーローそのままに原稿を握った。




「ブルーローズのミッドナイト・アイスクリームー!記念すべき第一回目のゲストは私の同僚でもあり、ヒーローでもあるバーナビー・ブルックスJr.さんでしたが、二回目の今夜も素晴らしいゲストをお迎えしています。ミスター、キング・オブ・ヒーロー、スカーイハーイです!!」
「私は言いたい。感謝する、そして感謝する!」
狭い収録ブースに風が起こる敬礼は決まっている。
(完全、ヒーローモードね…)
「ヒーローとして、とても御活躍されているスカイハイさんですが、オフの休日は何をされていますか?」
「よく家族と散歩しているよ」
澱みなくスカイハイは答える。
しかしカリーナは危うく台本を落としかけた。
(家族って…)
「初耳なんだけど、スカイハイ!アナタ結婚てしていたのっっ?」
「えっ」
「ここコ、子供さんとか?」
「うーん。もう子供ではないな。だが、大切な家族と休日を過ごしている」
「そ、…そそそうですか」
「ああ!とても賢いゴールデンレットリバーなんだ」
「ハアッ!??犬なの?」
「うん。私の良き家族でもある」
「それは、その素敵な過ごし方ですね。更に続く楽しいトークの前に、一旦CM!」
カリーナの合図にADが「CM入りまっしたぁ!」と応えた。




「息が荒い、水を飲んだ方が…」
「ごめんなさい、の、喉が渇いていたみたい」
(犬か、犬ね、犬なのね)
ぜえはあ、ぷはあと、いささか親父臭い仕種で高いミネラルウォーターを喉へ流すと、バタバタとADが駆けてきた。
「まさかのキング・オブ・ヒーローのゲストに反響メタ凄いっス、次はこれをお願いしまっす」
走り書きの台本を押し付けられ、敢え無くCMは終了する。
(プロなんだから、負けたら駄目よアタシ!!)
スカイハイは目の前で台本を力任せに握り潰したカリーナに、ラジオ収録は犯人逮捕と同等の緊張感を必要とする現場なのかと冷静かつクレバーに分析をする。
カリーナの最早ダンディズムを感じさせる渋い横顔は、女子高生からは程遠い。しかしスカイハイは進行役の少女に素直に感嘆するだけだった。



「ブルーローズの、ミッドナイト・アイスクリーム!今夜はゲストにキング・オブ・ヒーローのスカイハイさんを、お迎えしています。スカイハイさんへ、このCMの間にも沢山の質問が来ています。読み上げますね、『趣味はなんですか』」
「私の趣味…、それはこのシュテルンビルドを守るために身体を鍛えることだ」
ハキハキとレスポンスするスカイハイにカリーナはぐっと拳を作った。
(そうそう、いいじゃない。ラジオはこんな感じで進行していくべきなのよ!)
「趣味まで徹底してますね、さすがです。で~は~、次は『いつも強くて格好良いスカイハイさんの、女性の好みを知りたいです(ヒーロー大好きっ子さん)』。そうですよね、スカイハイさんの好みは…」
(って、何この質問!!)
振り返れば憎いアンチキショウがブースで笑ってる。
「好み、か」
「一口では言えませんよね、分かります、よく分かります。じゃあ一曲聴いて下さい。さっきと同じ曲『GO!NEXT』!」
従順を通り越してADは「曲入りまっしたぁ!」と、リアクション芸人さながらにスイッチを切り替える。プロデューサーがブース越しに、わあわあ言ってるようだがカリーナは盛大に無視をした。




「ご、ごめんなさいね、プライベートな質問しちゃって」
「私は別に構わないが」
穏やかなそれは、全く裏表ない彼の心情を伝えるには充分なものだ。
「スカイハイはそう思ってくれても、迂闊だった私はポセイドンラインにこれじゃ絞め殺されるわよ。ヒーローにスキャンダルは御法度だもの」
「なぜ?」
だから真っ直ぐな貴方が万が一にもポセイドンラインの方針を外れたと受け取られる反応をしたら、大問題じゃない、と言おうとしたらスカイハイは白い光沢を放つ鋼のマスクに手をかけた。
予期しないそれは、まるでスローモーションのようだった。
スカイハイはマスクを取った。

ふわり、と濃い金髪が空を舞う。
息を呑む音が、聴覚を圧迫する。

(イ、イケメン!反則だろ、あんなに強くて顔まで良いんですか!!?)

本番中とは理解していても、衝撃的な素顔にざわつくスタッフ。
カリーナの意識は遠退き、思わずよろける。
(顔出し、なんでするのよっ)
ふらつくカリーナを咄嗟に支えたのはスカイハイだ。手を掴み躊躇うことなく膝まづく。
見たくても見ることの叶わなかった素顔は想像以上に美しい。居合わせた全てのスタッフは固唾を飲み、ハイテンションだけが売りだったADも、このまさかの展開に衝撃を受け背後にあった機械へぶつかる。
「好みは、勇敢で優しく、何よりも美しい君だ。私は君を愛している、そして…愛している」
収録ブースに朗々とした彼の声だけが響き渡る。



「…えぇえーーー!!?」
ワンテンポどころではない遅さでカリーナは絶叫した。
「好みは、と訊かれたので好きな人が好み。ということだろうかと思ったが、間違っていただろうか」
「そうじゃなくって、なんでアタシなの!?」
「ヒーローの君もアイドルの君も、とても一生懸命で大好きだが。笑う君が、たまらなく好きなんだ。ずっと一緒にいたいと思うし、どこかに行かれたら寂しい」
虫の息のカリーナに、それは余りにもとどめと言えた。
『プロデューサー、なんっつうか映画みたいっスね』『これって公開プロポーズみたいじゃん』
ヒソヒソ幕間で話す傍観者の二人だったが、ADが先に違和感に気がついた。
「スンマセン!!!マジコレ、スイッチ入ってまっす!!!さっき蹴つまづいた時に押しちゃったみたいで…」
「ななな、なんだってぇええー!!」


ガンガンと、硝子を叩く音にようやくカリーナの離魂した意識が戻ってくる。
騒がしいそちらを眺めると、カンペに「曲、途中で切れてさっきから生放送オンエア。ED高速巻いて」

(……誰か嘘だとアタシに言ってーーー!!)

しかし時は無情だ。刻々と止まることなく流れ続ける。腋から尋常じゃない汗が滴る。
「皆さーん!こ、これはデスね、先程好みというお話で、とっても盛り上がりまして『スカイハイさんなら、どうアタックするの?』ということを、丁寧に実演して頂きました。スカイハイさん、ありがとうございました。さあ、名残惜しいですがEDです」
いやいや、乗り切ってみせる。アイドルの名に懸けて…!!
「…アタック?確かにそうだね。私は本気だから、結婚前提で君にうん、と言って貰えたら嬉しい」
「あはははは!ハイハイハイ!!本当にシュテルンビルドのキング・オブ・ヒーローはノリもよくって冗談もお好きですよねぇ。最後に、もうお馴染みの『GO!NEXT』聴いて下さい。また来週お会いしましょう、ブルーローズでしたぁっ」

力技で終わらせたカリーナは、そこはかとない達成感と引き換えに、神経という神経が摩耗し擦り切れていた。引き攣った笑顔がまず戻らない。
肩で息をしていると、にこやかにスカイハイが立ち上がる。
「『はい』、というのは了承と受け取ってもいいのだろうか」
「なによ、スカイハイ」
「オーケー、私に式も何もかも任せなさい!」
スカイハイは正しく銀幕のスターのような爽やかな笑顔を見せて、厚い胸へ拳を当てる。
「へ…?」
「ダメ、なんだろうか」
駄目も何も付き合ってすらいないのに結婚前提とか有り得ないのよ、と言い切りたいのに、カリーナは言葉を失う。
(うわっ、眩しい。キラキラしてる。どうしてこんなに無駄に格好良いのよっ)
可愛いは正義。
という言葉があったが格好良いのも正義なんだろう。だけど、ポツダム宣言受諾のごとくここで全面降伏する訳にはいかない。
カリーナは泣きたくなりながら歯を食いしばった。
「駄目とか嫌とかより、急だし、驚いたっていうか」
「君が答えをくれるまで、待つよ。だが出来れば…早くほしいかな」
待つというなら彼は待つんだろう。座り込みたくなるのを堪えて、カリーナはスカイハイに踏ん反り返る。
「そんなに好きとか、あ、愛してるとか言ってるけれど本気なの?」
「誓って」
視線を逸らした方が負け――。
カリーナは、分かってはいるのに体温が急上昇する。ぶわっっと真っ赤になった。

勝者はキング・オブ・ヒーロー。

ついに弓という弓は全て折れ、白旗を上げたカリーナへスタジオに居合わせた全員から祝福の拍手を贈られる。そして氷の女王は、美しい騎士の腕の中に収まった。



「やってられない。お酒がほしいわ、強いヤツ」
「上がったらプロデューサー、僕も付き合いますよ」
拍手はカリーナが、スカイハイを突き飛ばすまで続いた。




翌朝、生放送ラジオでの熱愛疑惑発覚を各スポンサーは躍起になって揉み消そうとするものの一人、アニエスだけは違った。
「公開プロポーズショーですって!?ラジオに視聴率盗られるなんて有り得ないわ!!もういっぺん、TVでやって!」
貧乏クジを引かされた。カリーナだけがアニエスに追い回された。





カリーナは嫌だったが、逃げて逃げてビルの屋上で小さくなって膝を抱えている。隣には勿論、スカイハイがいる。立入禁止の誰も知らない安全圏まで連れて行ってくれたのは、彼だ。
「あーもう、これでお嫁に行けなくなったら全っっ部、スカイハイのせいなんだからね」
「私がもらうよ」
「………うん」
完全にカリーナは拗ねている。
シュテルンビルドの風が、いつもよりも心地良いのは隣に居る誰かさんのせいだとか考えたくない。
ひんやりとしたコンクリートに手を着くと、そっと手を重ねられた。しかし今度は振り払わなかった。
また暑くなったじゃない、と口を尖らす少女へ、スカイハイは『涼しい風を君に贈るよ』と優しく囁いた。





≪了≫

2011/06/28